名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1063号 判決 1950年9月23日
被告人
山本義雄又は純朴こと
一柳慧
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人端元隆一の控訴趣意第一点について。
刑事訴訟法第二百九十一條第二項は起訴状の朗読が終つた後裁判長は被告人に対し、被告人の権利を保護する為必要な事項を告げた上被告人及び弁護人に対し被告事件について陳述する機会を与えなければならぬ旨を規定していることは論旨の通りであるが、右の被告人及び弁護人の被告事件についての陳述はその機会を与えるを以て足りるのであり必ずしも現実に何等かの陳述を要する趣旨でないことは、その規定自体に徴し明かである。然るところその記載の正確性について異議のない原審第一回公判調書によれば、原審は同法第二百九十一條第二項及び刑事訴訟規則第百九十七條第一項の事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し被告事件について陳述することがあるかどうか尋ねたところ、被告人は事実は相違なく陳述することはないと述べた旨の記載があり、右の記載によれば原審が被告人と共に弁護人に対しても被告事件についての陳述の機会を与えたものとせねばならぬ。尤もこれに対し弁護人が陳述したのか否か陳述したとすれば如何なる内容の陳述をしたか記載されていないが一件記録上原審がその陳述を特に阻止したと認むべき形跡も存せず、却つて屡々審理に際して経験せられるように本件起訴事実は争がなかつたのであるから弁護人としては前示被告人の陳述に附加すべき点がないとして発言しなかつたものと推定し得るのであつて、弁護人の陳述が公判調書に記載されていないことを以ては公判調書における機会を与えた旨の明記に反して陳述の機会を与えなかつたとはなし得ないし、又その機会を与えた以上それを利用して陳述すると否とは被告人及び弁護人の自由であつてその利用を強制し得べきものでないとせねばならぬ。要するに論旨は公判調書に明記された事項を無視しているのか若くは前示法條の趣旨を誤解するに基くものであつて採用の限りでない。